同じ手順から違う味が生まれる場面
実習では、同じ材料と同じ手順で作ったはずなのに、班ごとに違う味が出てくることは珍しくありません。並べて少しずつ口にしてみると、その差が思っていた以上にはっきりしていて驚かされることになります。
違いの理由をたどっていくと、火の当て方や混ぜる回数といった小さな差にたどり着くことが多いようです。自分では数えていなかった動作こそが、仕上がりの印象を静かに左右していたのだと分かってきます。
自分の一皿だけを見て過ごしていると、その味が普通なのか外れているのかを判断できないままになります。隣の台の味を知って初めて、自分の手癖がどちらの側へどれくらい寄っているのかが見えてきます。
比べる場では、優劣を決めることよりも、違いの出どころを言葉にすることのほうが目的になってきます。どこがどう違うのかを言い当てられるようになると、次の一回で狙って味を寄せられるようになります。
味を比べ合う時間が育てるもの
味を比べ合う時間には、互いの手順や火加減を細かく尋ね合うやり取りが自然と生まれてくることになります。自分が省いてしまっていた工程を人が守っていたと知らされる場面は、思いのほか多くあるものです。
人の一皿を評するときは、良し悪しの断定を避けて、感じたままを丁寧に伝えるほうが役に立ちます。受け取る側も身構えずに済み、次にどこを直せばよいのかを落ち着いて考えられるようになります。
料理の味は言葉にしにくいものですが、比べる相手が近くにいると表現がだんだん細かくなっていきます。輪郭が強いとか後に長く残るといった言い方を少しずつ覚えると、自分の狙いも人に伝えやすくなります。
調理師専門学校の実習は、資格に向けた知識と手の技を同時に育てていく場として組み立てられています。同級生と味を比べ合う時間は、その学びの両方をつなぐ橋のような役割を静かに果たしてくれています。
まとめ
同じ材料からなぜ違う味が生まれるのかという問いは、学ぶ日々の中で何度も形を変えながら戻ってくるものです。その問いに正面から向き合うたびに、自分の手つきのどこに癖が潜んでいるのかが少しずつ見えてくるようになります。
比べることの本当の値打ちは順位をつけることではなく、違いの理由を探す目を養えるところにあると感じられます。人の一皿から学べることの量は、自分ひとりで黙々と作り続けているときとは比べものにならないほど多くなります。
味を並べて確かめ合える相手がすぐ近くにいるという環境は、学ぶ場ならではのたいへん恵まれた条件だと言えそうです。その時間を惜しまずに使い切った人ほど、卒業したあとも自分の味を確かめる術をずっと持ち続けられるようです。