調理師専門学校で未来の料理人に!夢を叶える第一歩

洗い物を雑用と見る人と学びと見る人で分かれていく調理師専門学校の二年

流し場に立つ時間の受け取り方

実習の終わりに必ず残る洗い物を、早く片づけてしまいたい雑用として見る人は決して少なくありません。同じ作業を学びの続きとして受け取る人もいて、両者の差は時間が経つほど静かに着実に広がります。

雑用として見ていると、手だけを動かして頭は別のところへ行ってしまい、時間だけが過ぎていきます。学びとして見ている人は、洗いながら汚れの残り方から自分の作業の癖をそのつど読み取っています。

鍋の焦げつきの位置は、その日の火の当て方が偏っていたことをそのまま形として残してくれています。洗いながらその跡をよく見ておくと、次に同じ鍋を使うときの火加減の見当が自然とついてきます。

包丁やまな板の扱い方も、洗う場面でこそ日ごろの丁寧さの差がはっきりと表れてくるように思われます。道具を大切に扱える人の手つきは、調理の場面でもやはり落ち着いていて最後まで崩れにくいものです。

洗い物が教えてくれる筋道

洗い物にも進めるべき順番があり、油の強いものと軽いものを分けて扱うだけで流れが滞らなくなります。先に水へ浸けておくものを決めておくだけで、片づけの全体にかかる時間がずいぶん短くなっていきます。

洗い場に立ってみると、班の全員がその日にどんな道具をどれだけ使ったのかが一目で分かることになります。使いすぎていた道具が見えてくると、次の実習では組み立て方を変えようという気持ちが自然と生まれます。

片づけまで含めて一つの料理だと考えられるようになると、作業の途中の動きも自然と変わってきます。使い終えた道具をその都度もとの場所へ戻す癖がつき、台の上が最後まで散らからなくなっていきます。

調理師専門学校では、資格の勉強や実技の課題と同じくらい、後片づけの手順も細かく見られています。洗い物の時間をどう受け取るのかによって、二年の終わりに手元に残るものが大きく変わってきます。

まとめ

洗い物を単なる雑用と見るか学びと見るかという分かれ道は、日々の実習の中で何度も形を変えて静かに現れてきます。どちらを選んだとしても作業そのものは変わりませんが、そこから持ち帰れるものの量は実際にまるで違います。

流し場という場所は、自分と班の仕事の結果がそのまま形になって現れる、たいへん正直な場所だと言えそうです。その正直さから目をそらさずに立ち続けられた人ほど、次の実習での段取りの組み立てが自然と上手になります。

手を動かしながら同時に考える時間として洗い物を使えるようになると、一日の学びの密度がぐっと変わってきます。地味に見えるこうした時間をどう扱うのかという選び方こそが、実はその先の伸び方を静かに決めているようです。