最初の一年に起きていたこと
働き始めた最初の一年は、覚えることの多さに追われて過ぎていったというのが正直なところです。学んできたことがそのまま通じる場面もあれば、まるで足りないと感じさせられる場面もありました。
任される仕事は、はじめのうちは仕込みや洗い場が中心となり、地味に見える作業が続いていきます。その時間をどう受け取るのかによって、その後の伸び方が変わってくるのだと後から気づきました。
厨房の速さに体がなかなかついていかず、終業のころには足も腕も重くなっている日が長く続きました。それでも数か月もするころには、不思議なことに同じ量の仕事をこなしても余裕が残るようになっていきます。
最初のころは先輩からの短い指示を一度で聞き取れず、何度も聞き返してばかりいた時期も確かにありました。厨房の言葉の少なさに慣れてくると、短い一言から必要な中身を汲み取れるようになっていきます。
学びが確かに効いてきた場面
学びが効いてきたと最初に感じたのは、道具の扱いや持ち方がすでに体に入っていたときのことです。教わり直す必要がないというその一点だけで、任される仕事の幅が少しずつ広がっていくことになりました。
食材の名前や下ごしらえの筋道を知っていたということも、思っていた以上に大きな助けになってくれました。指示の意図をその場で理解できるようになると、次の動きを先回りして用意しておけるようになります。
衛生の決まりや道具の手入れの手順は、教室で繰り返し身につけていたことが確かに役に立ちました。当たり前の作法が体に入っていると、それだけで周りからの信用が思いのほか早く積み上がっていきます。
調理師専門学校で学んだ資格に向けた知識は、日々そのまま使う場面ばかりではありませんでした。それでも料理の理屈が分かっていると、受けた指示の背景をその場で読み取りやすくなっていくものです。
まとめ
働き始めてからの一年を振り返ると、学んだことがそのまま通じる場面は思ったより少なかったように感じます。それでも土台として体に入っていたものが、見えないところで日々確かに支えてくれていたのだといまは分かります。
いま思えば、最初の一年で伸びていくのは腕そのものよりも、むしろ現場の流れを読み取る力のほうであったように感じます。流れが読めるようになってくると、同じ作業をしていたとしても気持ちの余裕がまるで違ってくることになります。
学んだ日々と働く日々は切れているようでいて、実のところ思いがけない場面で静かにつながっているものです。教室で身につけた当たり前の作法が、厨房で信用を得るための一番の近道になっていたのだといまは感じています。