目よりも先に鼻と耳が気づくこと
焼き色や煮え具合を目だけで確かめようとすると、かえって判断が遅れてしまうことが少なくありません。鍋の中で起きている変化は、色として目に見えてくるよりも先に、匂いや音のほうへ表れてくるからです。
油の温まり方は、そばに寄ったときの匂いの立ち方で、かなりの部分まで見当がつくようになります。同じように、水気が飛んでいく過程は、はじけるような音の高さの変わり方がよく教えてくれます。
先生が台に背を向けたまま短く声をかけてくることがあり、最初は不思議に思えて仕方がありません。音だけで、どの台の鍋がいま危ういのかを聞き分けているのだと、後になって知ることになります。
目に頼りすぎていると、鍋を覗き込むために手が止まり、そのあいだに火が入りすぎてしまいます。鼻と耳を使えるようになると、体の向きを変えないまま複数の鍋を見守れるようになっていきます。
匂いと音を手がかりにする稽古
匂いで判断する力を養うには、うまくいった日の香りを意識して覚えておくことが出発点になります。比べるための基準が自分の中にできて初めて、ほんの少しの狂いにも気づけるようになっていきます。
音を聞き分けるときは、鍋を離れる直前に一度だけ耳を澄ます習慣をつけると身につきやすくなります。戻ってきたときの音との違いがはっきり分かるようになれば、火加減の直し方も自然に決まります。
料理の場では、目と鼻と耳をそれぞれ別々に使うのではなく、いくつも重ねて使うことが求められます。三つの手がかりがそろって同じ方向を指しているときは、その判断がぶれることはほとんどありません。
調理師専門学校の実習では、資格の勉強で覚えた理屈と、こうした感覚の手がかりが結びついていきます。なぜその匂いが立つのかを自分の言葉で説明できるようになると、感覚はいっそう確かになります。
まとめ
目で見ることが最も確かだと思いがちですが、実習室では鼻と耳のほうが早く教えてくれる場面が多くあります。見ることを軽んじるのではなく、三つの感覚を並べて重ねて使うという構えこそが求められているのだと思われます。
匂いと音をしっかり頼りにできるようになってくると、鍋から一度離れても落ち着いていられるようになります。同時にいくつもの工程を進められるようになっていき、限られた時間の中でできることの幅が確かに増えていきます。
感覚を育てるのに近道はなく、結局のところ毎回の実習で地道に確かめ続けるほかに方法はないように思われます。積み重ねた分だけ手がかりの数が増えていって、はじめは気づけなかった小さな変化まで拾えるようになっていきます。